肉、野菜、魚、炭水化物

お砂糖とスパイスとなにか素敵なものなんかで出来てない人間

私が見下して、悪く言っていた人間はこんなにも輝いていて一生懸命生きようとしている。それに比べて私は、文句ばかり垂れ流し消費だけの生産のない日々を繰り返して意味のない時間だけを生きている。余裕も自身もないから人を妬んでばかりで、醜い感情は日に日に肥えていきどんどん化け物に近付いてきている。私は既に人間ではない、ただの醜い肉の塊だ。生きていることすら滑稽で、息をする事にも罪悪感を感じてるのに生きようとする事をやめようとしない。気持ち悪くて仕方がない。私が悪口を言ってきた人たちは、本当は悪口を言われるような人ではなくて、とっても良い子なのに。心が痛い。生きてく事に精一杯で、命を大切にしていてどんな辛いことにも抗えるエネルギーをもってる人は魂がキラキラ輝いていてとっても素敵に見えるのに、それなのに、私は折角授かった命なのに死のうとしたり生きる事を諦めようとしたり大切に出来ないなにも大切に出来ない他人も自分の様に愛しなさいって中高時代に学校で習ったけれど、自分を愛せないと人の事も好きになれない。虚しい寂しい認めて欲しいし助けてほしい殺してくれよ

あいというには

先日、とあるバンドの解散前の最後のフェスの様子を見てきた。

ファンの方からしたら本当に失礼な話ではあるけども、わたしはそのバンドについてはバンド名と友人がカラオケで歌っていたという認識しかなく、友人が最後のフェス出演だからそのフェスを見に行くなら是非、というのとカラオケで聴いたその曲が気に入ったし、タイムテーブル的にも他の目当てのバンドと被ってなかったので見てみるかといった軽い気持ちだった。

フェスにはみっつのステージが用意されており、そのバンドはみっつのうち1番ちいさなステージのトリを任されていた。

丁度陽が落ちた頃、彼らの演奏が始まった。夏の終わりの夕方、いつの間にか狙ったかのように雨がパラパラと降っていて、ステージの照明が滲んで全てが彼らの奏でる繊細な音楽と全てが幻想的でとっても美しくて、私の周りにいたファンの人たちは泣いていて、ステージの演出は派手なものは何ひとつないしMCも至ってシンプル、心を動かさせるような臭いセリフもひとつもないのに、気が付いたら泣いてしまっていた。曲は、友達が歌っていた数曲しか知らないようなとてもファンと呼ぶには値しないような存在であるというのに。

人の青春が終わる瞬間を見届けることが、こんなにも美しくて悲しいものなんだって、

あまりにも切なくて泣いてしまった。


今まで何度も私自身も経験したはずなのにこればかりは慣れることが出来ない。救っていてくれていた存在が消えてしまう、どんなに悲しい事だろう。有り触れた事しか言えないけれど、もっと早くに聴いていれば良かった。たくさんのバンドを観てきたけれど、どのライブよりも美しくて悲しいライブだった。観た人は絶対忘れないで欲しいし、私自身もずっと忘れないように

最後に一番好きな曲を紹介して終わります。 


「君なら何という 僕なら何という

誰かはあいという 今はまだわからない」

あいという  /plenty  より


あいという

あいという

  • plenty
  • ロック
  • ¥200


死んだら天才になれると思ってた

宮沢賢治ゴッホモーツァルト石川啄木等、皮肉な事にこの世から去ってしまった後に脚光を浴びる著名人は数多くいる。

私も、死んだら天才になれると思っていた。

なにも注目される事なんてないのに、才能もなにも持ってないのに。考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しい話だが、本気でそう思っていたのだ。もちろん天才に、までは言わないが少しは人が私の事を評価してくれるようになってくれると思っていた。

けど、元々才能のあった人がたまたま評価されるタイミングが遅れてしまっただけで、死んだから天才になれた訳じゃない。元々天才だったんだ。私が死んだところで何も変わらない。すべて凡人のままだ。

小さい頃から絵は人より描けると思ってたし、同級生より良い文を書けて、下手な外食より美味しいご飯が作れて、良い服を見つけてくるのが得意だって、自分の事を過大評価していたけれど、美術の先生が贔屓にしてくれてただけで絵は一度も賞をもらえたことはないし、文はせいぜい中学生の作文レベル、レシピや服は所詮二番煎じでなにも斬新なものはなかった。

最初からなにも持っていなかったんだ。でもなんでもいいから、評価してほしかった。

あの子が書くひらがなの「あ」が一番綺麗だったとか、あの子の茹でる素麺が一番おいしかったとか、どうでもいいくだらない事でもいいから認めてほしかった。才能がないって認識を麻痺させてほしい。

人よりなにか秀でたところがないと落ち着けない、でも、すべて人より劣っている。

顔が可愛い訳でもない、頭が良い訳でもない、面白い話を持ってる訳でもない、スタイルがいい訳でも、センスがいい訳でもない、絵が上手いわけでもない、文才がある訳でもない、美味しい料理が作れる訳でもない、歌が歌える訳でも、楽器が弾ける訳でも、運動ができる訳でもない、お金がある訳でもない。何もない、そこらへんの人よりも何も持っていない。空っぽだ。それでもみんなと一緒でいたくないって気持ちから変な服を着たりしたけど、私の他にも変わった服を着てる人はいるし、透明人間になった気分だった。アイデンティティがない。自意識で目の前が押し潰されていて、それにすら気付けなかった。

しかしなにもないからこそ美術館に行ったり音楽を聴いたり服を見たり外食をしたりするたびに、才能が妬ましくて悔しくて大好きで憧れて、そこにはたどり着けない。その感情自体がありふれていて憎たらしい。

こんな事を長々と書いてる時点で、私は死んでも凡人で、凡人以下にしかなれないんだな。




さよならだけが人生だ

ひとは欲にまみれてるから大事なものが多すぎてなにが本当に大事なのかわからなくなっちゃうよね。

失うことで強くなれる、なんて誰が言ったのかと弱い私は思います。無くすことでしか価値がわからないなんて皮肉だよね。

わたしはいままで失くすほど多くのものを持っていないと思ってたけど、間違いだった。

存在する限りと言うけれど、いつまで存在するかも分からない。

ある日、好きだったお店が、タバコが、バンドが、人がいなくなるかもしれない。

それまでその対象に充分な敬意を払えましたか?

今日に感謝なんて言葉大嫌いだったけど本当にその通りだったのかも。

もうひとりだけ取り残されるのは嫌だ

春はいつになったら訪れるのでしょうか


二〇一六

2016年は本当に色々な事があった一年だった。辛いことも悲しいことも多い一年だった。

わたしはなにか変われたのかな、と思う。自分で変わったと思っていても第三者の目から見てそれが現れていなければなんも意味がない。失うことで強くなれるなんて聞くが、本当に強くなれたのかな。強くなった気も、より弱くなってしまった気もする。

みなさんにとってはどんな一年でしたか。

わたしにとっての2016年はまだ明けません

寂しさを埋める方法

11月の頭に恋人の誕生日だった。

彼の誕生日を祝うために、新幹線も通っていないどうしようもない田舎から電車を乗り継いで新幹線に乗り換えてから約4時間かけて恋人の住む街まで会いに行った。

約一ヶ月ぶりのデート、なにを話そうかなどと考えて彼のくれたお気に入りのワンピースに袖を通して出かけた。本当は夜行バスで行ったほうが電車の乗り換えもないし安いのだが、まだわたしの精神的な安定もなく、5時間以上もバスに乗っていられる自信がなかった。彼の地元まで着くまでの時間、4時間なんて家にいればあっという間なのに、地獄のように長く感じた。お気に入りの音楽をヘッドフォンで流し、新幹線の中で景色を見ながら気を紛らしていたら前の席に座っていた赤ちゃんがわたしの手を握ってきた。

まるでわたしの不安を感じとられたかのようで、わたしは純粋で無垢なその小さな手に触れることも罪悪感があるのに、そのわたしの気持ちなど知りもしない無邪気な笑顔に思わず少し泣いてしまった。なんでこんな大人になってしまったんだろう。情けない。

彼の地元についてからのデートは、無言だった。いままで絶え間無く続いていた会話が続かない。ずっと携帯ゲームと睨めっこされていた。わたしはなんのためにここまで来たんだろう。一生懸命考えたプランは思うように進まず、遣る瀬無さを感じた。おもちゃに飽きた子供みたいに、わたしのことなどなにも興味がなくなってしまったみたいで寂しくなった。三日間一緒にいたけど、それは変わらなかった。

帰るときにもう二度とこの街に来ることはないような気がして、悲しくなって彼の前でシクシク泣いてしまった。彼はびっくりしてどうしたの、と訊いてくるけど、わたしは寂しくなったとだけ答えた。悲しそうに笑いながら寂しいのはお互い様だよって言ってきた。

わたしの帰りの電車がくるまでの時間、三日間で一番色々な会話をした。それが余計悲しく、辛かった。帰り際、彼と改札のところで自分の可愛さからか、優しさからか、絶対自分を傷付けたり死のうなんて思ったりするなよ、とわたしに言ってきた。もう死んでしまいたかった。目の前で死んでしまいたかった。彼のトラウマとして一生癒えぬ傷として、ずっと存在したい。そんな薄汚くグロテスクな感情を抱きながらわたしは4時間かけて地元へ帰った。

彼から後日、誕生日の時はごめんと謝られたがやっぱりメンヘラ同士で付き合うのは良くないなと改めて痛感した。

にがて

今日はわたしが苦手なものの話をします。
生きていくうえで好きなものがあって、反対に苦手なものがあるのは当たり前の事だと思います。わたしは苦手なものが多い人間だから全部をあげたらキリがないので、特に苦手と感じるものをあげるならば酔っ払いと、男のひとと、急に出される大きな声と、常識やマナーがない人です。
まず、酔っ払いの人には昔から良い思い出がないです。お酒にのまれて、気が大きくなり強い口調で話をし、ヘラヘラゲラゲラと大騒ぎをする人間も、他人の迷惑を考えられなくなってしまう化け物に変えてしまうアルコールも憎くてたまらないです。本当に気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がないのです。わたしがあんまり酔わないからそう思うのかも知れませんが。
その次に苦手なものが男のひとなんですが、普段のわたしをよく知っているひとならお前はなにを言ってるんだ?って思われると思うし、わたしもそう思います。中学の頃のとある体験がトラウマで男のひとが本当に駄目でした。男のひとが多いバイト先で、本当に男のひとが嫌で嫌で仕方がなくて泣いたときもあったし(なにをされたわけではないのですがシフトによってバイト先で望みもしない紅一点になった時はずっと恐怖で動悸がとまりませんでした)、男の人に抱き締められると恐怖心から震えと吐き気と鳥肌というトリプルで身体が拒否反応をだしてしまい、わたしは一生恋愛なんて出来ないんだ!と思い込んでいましたが、好きなひとも出来たし、恋愛も出来ています。でもやっぱり、友達と好きなひと以外の男のひとは苦手です。
あとの二つの苦手なことについてはそのままです。急に大きな声を出されると心臓が痛くなるぐらいびっくりして怖いし、常識やマナーがない人は言うまでもないです。あ、あと奢ってと言われることも見下されてる感じがして苦手です。
色々と文句をグダグダと書いてきましたが一番嫌いなのは、自己愛が強いのに自分が憎くて仕方がない矛盾の塊のようなわたし自身です!!!!でもきっと自分がかわいいのです!!!嘘つきで最低で卑怯なゴミのような人間のくせして!!!本当に気持ち悪い!!しね!!!!!!p(^_^)q